かつて「いつかはクラウン」というキャッチコピーがあったように、トヨタ社内でもクラウンのヒエラルキーは別格なようで、一説にはトヨタのエンジニアにとってクラウンの開発に携わるというのは時に、センチュリーやレクサスの開発以上の重責を担う事を意味するという話もあります。
クラウンの開発責任者(所謂「主査」)になればトヨタの社史にも名を残すだけでなく、なにしろ現在国産車では最も長い歴史をもつブランドであり、トヨタの高級車としてだけでなく、トヨタの看板そのもののようなクルマでモデルチェンジのたびに自動車メディアだけでなくあらゆるマスメディアがその動向を注目するだけに、クラウンの開発責任者になるというのは社長と同じくらいトヨタの命運を背負う職務と言ってもいいかもしれません。
しかし、2000年代に入りユーザーの高齢化が問題になり、若い新規ユーザーを獲得しない事には既存ユーザーの寿命がそのままクラウンの寿命となってしまうという危機的状況に陥ります。
コンサバティブなクラウンらしさを失えばユーザーから不評を買う、しかしこのまま何も変わらなければ、クラウンの販売は先細ってしまうという苦悩の中、2003年全ての設計、コンセプトを刷新したS180型通称「ゼロクラウン」にモデルチェンジし、旧来のオーナーからの支持を保ちつつも若い年齢層のユーザーの獲得にも成功します。
その後は大胆なモデルチェンジを繰り返しつつ、先代型ではクラウンアスリートでピンクの塗装色の限定モデルを発表し「ピンクのクラウン」と話題を集めます。
今回のモデルチェンジでは自らレースやラリーに出るほどの運転好きの豊田章男社長肝いりで世界中のスポーツカーの聖地「ニュルブルクリンク北コース」でクラウンを試走させ足回りやエンジンをチューニングという異例の開発が話題となりました。
その点ではクラウンは最高のドライバーズカーに仕上がっていると言っても良いでしょう。
しかし、忘れてはならないのはクラウンは最高のドライバーズカーとして仕上がってもショーファーカー(お抱え運転手付き)として最高でなければ意味が無いのです。
ユーザーの若返りに成功したとはいっても、やはり日本を代表する高級セダン、要人や会社役員の送迎車やタクシー、ハイヤーなど自分はリアシートに座って運転は白手袋の運転手に任せるというクルマでもあるのです。
トヨタ車には「80点主義」という有名な言葉がありますが、これは「80点取れればそれでいい」という意味ではなく、「すべての項目において最低80点以上は取れる総合性能の高さを目指さなければいけない」という意味で正確には「80点+α主義(+αは付加価値)」と言い、「スポーツカーでも乗り心地や実用性で最低80点の評価は得られなければいけない」とか「ファミリーセダンでもスポーツドライビングで最低80点(もしくはさらにそれ以上)の評価が得られなければいけない」という意味です。
それゆえに長年トヨタ車は、凡庸でスポーツカーに乗ってもセダンに乗ってもトヨタ車は全部同じでつまらないと言われる所以にもなりました。
しかし、一方で気まぐれのように尖ったクルマを出してユーザーを驚かせることもします。この10年は特にクラウンで思い切った事をすることが多いのですが、今回のモデルチェンジでセミファストバックスタイルデザインになった事で「リアシートの快適性が犠牲になった」というのはクラウン60年の歴史の中でも大失態ではないでしょうか。
どんなに時代の要請に合わせた変化が求められても、クラウンの命とでもいうべき「リアシート」にだけは手をかけるべきではなかったと思います。
本来クラウンはドライバーズカーとしては「80点+α」以上の評価が得られるにとどめておくべきで、ドライバーズカーとして100点を目指したために、ショーファードリブンカーとしては80点+αでは本末転倒と言っても良いでしょう。
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